インフォショック
インフォショック

フランスを知らずにフランス料理なんて。だから年収ほどもかかる片道旅費を払い海を渡った。学生運動の中で目覚めた自我フランス文学への傾倒が料理人への伏線に祖母の一言が人生を決めた。

「ヴァンセーヌ」の総料理長として活躍するかたわらフランス料理界の要職を務める酒井一之氏。酒井氏が過ごした青年期は日本が混沌とし、また新たな波が押し寄せる革新の時代だった。日米安保と学生運動。父 の書斎には「資本論」も並んでいた。幼女の頃から政治や時代に敏感だった酒井氏にとって、その当時は料理の世界はまったく無縁だったといえる。

「日に日に革命色が強くなっていく時でした。大学入学後も学生闘争へ明け暮れる毎日。しかし各々の思想をはっきり言える時代というか、自己を確立しようとする人間が 多かった。よきにつけ悪しけにつけ、今の人たちより骨っぽかったと思います」

法政大学第二法学部入学後まもなく、学生内の闘争にすぐに違和感を覚えた。時代と逆行する動き、そして予盾。酒井青年は次第に外国文学の魅力へ引き込まれと同時に 闘争への熱意が冷めだした。

「昔の学生はとにかく本を読んだ。資本論も共産主義もとりわけ外国の文学は本当に魅力的だったし、私も耽読しましたよ。特にフランス文学が好きで、 読んでいると風の音や空気、食べ物や人にどんどん興味を抱かせていくんですよね」
フランス文学への傾倒は深まり。日米安保の激動が遠のくにつれて、自分の中に新たな芽が育ち始めた。
「自分に一番あう職業は学校の先生じゃないかなと思ってたんですよね。まぁいろんなきっかけがあって料理の世界も面白いんじゃないかと」

著書「シェフ」(実業之日本社出版)のなかにも教職への思いがちらりとかいま見られる。教職への憧れは至極単純。酒井氏の趣味のひとつに登山がある。 教員生活は酒井青年にとって、休日が多い魅力的な職業に映ったのだ。登山三味の生活。休日にゆったり自然に浸かる自分を夢想する楽しさは心のよりどころでもあった。 そんなとき、祖母の何気ないひとことが、彼を料理の世界に引き入れることになった。

「料理人はすごいね。御歳暮には山のような届け物だし、おいしいものしか食べないんだから」酒井青年の脳裏には、フランス文学に登場する、景色や人、 そして魅惑的な料理の数々が浮かんだ。「あの世界に行けるかもしれない。ぼんやりとですけど。でもこれしかないと、おもいましたよ」

料理人・早川卓爾氏との出会いは酒井氏の人生に大きな影響を与えた。早川氏は「もっと凄い料理長がおりますから」と、田中徳三郎氏を紹介してくれた。 しかし酒井氏にとって最も印象的だったのは、確固たる職人の世界を郎々語る早川氏の姿だった。「文学の中だけの世界がリアリティに感じられた瞬間だった。 その頃安保だとか、そういう混沌とした世界に浸った人間には夢のような世界ですよ」田中徳三郎氏は東京会館の総料理長として働いていたが、 パレスホテルがオープンすると同時にそこに移るということだった。「在学中に仕事に就きましたから、学校に行く時間なんてないですよ。 パレスホテルで学んだことはもちろん、役立っています。でもフランスに行ったら捨てなきゃいけなかった」

酒井氏が渡仏するきっかけは、パレスホテル入社後のある事件が引き金となった。「著作の中では『ハンバーグ事件』で紹介してますが、 ともかくとして当時の日本人コックはフランス料理を知らな過ぎたんです。フランスの情報は今のように豊富だったわけではない。 フランス料理をやる以上、その土地に行かなければ分からないことはいっぱいあるんですよ。

『本場はこんなもんじゃないゾ!』って言われてもこっちは本場を知らないわけだし。 実際にフランス人が食べてるにも知らないわけだから。そんなの全く片手落ちでしょ?」


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