平成の日本人像 114
週間朝日 平成の日本人像 114
写真・文=長友健二
フランスの庶民の味で人気の料理人
酒井一之さん 東京・渋谷「ヴァンセーヌ」総料理長
ポール・モーリア、リチャード・クレイダーマンをはじめ、各国のミュージシャンや著名人が必ず食べにくるというフランス料理店がある。 ここの総料理長がこの人で、学生運動の闘士として日夜明け暮れていたが、同じイデオロギーを共有する仲間がぶつかり合い、理論武装するのに嫌気が差し、 悶々と悩み、新しい生き方として選んだのが料理人への道である。

「日本のホテルで5年間コック修行をして、フランス料理を極めるべくデンマーク経由でフランスへ渡りました。パリの市場をのぞき、 食材の豊富さにびっくりしましたね。食文化の確立したこの地にじっくり腰を落ち着けて修行したいとの思いは不動のものとなり、 それから15年、骨の髄までフランス化されましたが、帰国後は文化の違いから戸惑いを感じながらも、本流をはずさず、 フランス人が気軽に食べている日常の料理をお出しして、フランス料理は食べてみたいが堅苦しくてどうも、という間違った概念をなくそうと思っています。」

デンマークでビールを垂れ流すほど飲み、フランスでは家が何軒も買えるほど飲んだそうで、それもフランス料理とワインのかかわりを探求するためだったと述懐する。 ワインの赤と白も料理で区別することなく、自分の好みで結構と明快。雑学も積み重ねれば一つの文化となる。が口癖で好奇心は強い。 本物の料理人の横顔に沈んだ秋の陽が暖かい。