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Apress フランスの文化に憧れて料理人になった。

料理人になりたいと思う前に学校の先生に憧れました。 長く休みがとれ時間があるように思えて、趣味の山登 りにも好都合だと思っていたのです。60年代の活動的 な時代に大学時代を過ごし、将来像を考えていた私は いろいろな本を読みあさっていました。

ある時期、フ ランスの小説にはまった時があり、その話しの中に出 て来る食事であるとかワインであるとかまた、その文 化自体が日本とは全く異質のものであったので、フラ ンスという国にかなり魅かれていました。

また、食べ ることに対しても子どもの頃から非常に好奇心があり ました。戦後の何もないときに両親は食用に鶏を飼っ たり、いのししの肉を送ってもらったりと食べること にかなり執着した生活を送っていましたので、食に対 する興味もそんな家庭生活から膨らんでいったようで す。やがて興味はフランス料理を食べたいという気持 ちから自分の目でフランスの文化を見てみたいという 気持ちの方が強くなっていき、料理人への道を目指す ことになったわけです。

当時親戚の知人の紹介で創設 時のパレスホテルの田中徳三郎氏の下で、運良く働く ことができることになったのです。 ホテルに入社してから、いろいろなことを見開きして いく内にフランスに行って現実の気候風土の中で生活 してみないとフランス料理の本質がわからないような 気持ちになっていきました。

また、その頃、読んだ小 田実氏の「何でも見てやろう」という本にも触発され て外国への憧れもさらに膨らんでいき、また辻静雄氏 の本でヨーロッパのレストランガイドブックでは今ま で見てきた観光写真的なレストランではなく現実の生 のレストランの姿がおさめられていて、ひどく心を揺 さぶられました。パレスホテルは日本郵船と関連があり、船にのっているコックさんが結構いましたので彼 らの話しを聞き、さらに血沸き肉踊る気持ちでした。

そして入社5年目を迎えた1968年、日本を発つ決心を しました。一度出たら15年や20年は帰って来ない決意 でした。


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